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東京高等裁判所 昭和28年(う)2453号 判決 1954年1月20日

控訴人 被告 静糧食庫株式会社

弁護人 海野晋吉 位田亮次

検察官 小西太郎

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は末尾に添付した弁護人海野普吉、同位田亮次共同名義の控訴趣意書記載のとおりで、これに対し当裁判所は次のとおり判断する。

論旨第一点について。

昭和二十四年四月三十日法律第四十三号による改正前の取引高税法(以下旧税法と略称)第四十二条第一項をみると、「前条の罪を犯した者には情状により五年以下の懲役若しくは取引高税の二十倍をこえ四十倍以下に相当する罰金に処し又は懲役及び罰金を併科することができる」と規定されているから、前条即ち同法第四十一条第一項に該当する者についての罰則は同法第四十一条及び第四十二条の二条に亙つて規定されているわけで、しかも右第四十一条は単に取引高税の二十倍相当の罰金に処する旨規定するのみであるのに反し同法第四十二条は前条と同一事実について情状により懲役刑若しくは前条に規定する額以上の罰金又は懲役及び罰金の併科刑を定めている。そこで所論は本件の如く旧税法第十三条第一項の規定に違反したる者に対する罰則は同法第四十一条第一項の罰金刑が原則であり同法第四十二条第一項の刑は情状により前条の刑を加重したものであり、後者を以て公訴時効算定の基準とすべきではないと主張するのである。しかしながら法律が二以上の主刑を規定しその一を選択して処断すべき場合そのいずれを選択するかは情状によつてこれを決する外はないのであるから、通例多くの刑罰法規に見られるように、一個の法条に数個の主刑を並記した場合と本件のように、二個の法条に亙つて同一の法律違反に対する刑罰を規定している場合とを区別する必要は認められない。この事は本件に於て旧税法第四十一条と同法第四十二条とが夫々定めている刑を比較検討することによつても理解されるのである。即ち旧税法第四十一条第一項には、同法所定の事実があればその免れ又は免れんとした取引高税の二十倍の罰金に処する旨規定したのみであるから、その刑は固定的で些かの伸縮性も認められないのみならず、これを適用するに当つて併合罪の加重も酌量減軽も許されないしその他刑法総則規定中のある種のものが適用されないことになつているから(旧税法第四十七条参照)苟も第四十一条所定の所為があれば、同条のみを以つてすればその情状の如何を問う由もなく一律に法の命ずる金額をそのまま罰金として言渡さざるを得ないこととなり同じ犯則行為の中に軽重の差を附し、真に重かるべきものを重く処罰し、その軽きものには軽き刑を以て臨むが如き運用の妙を発揮し得ないのであつて、かくの如きは刑罰の効果を正しく発揚せんとする目的を阻害するものといわざるを得ない。そこで法はこの欠陥を認め、これを是正せんがため同法第四十一条に引続いて同法第四十二条を設け、前条の罪を犯した者に対しその情状によつては、前条の刑より重く処断し得る途を開いたもので宣告刑に情状を反映させんとの正当な要請に基くものである以上、旧税法第四十一条該当行為の法定刑としてはこの両者を統一して観察すべきであり、所論のようにこの間原則と例外の区別を認めたり、一方が他方の刑を加重したものとは考えられないのである。そうとすればこの犯罪の公訴時効を論ずるには所定刑中の最も重い刑に従うべきであるから、本件に於て原判示第一事実の公訴時効については刑事訴訟法第二百五十条第四号に従つて五年を経過するによつて時効が完成するものというべきである。然らば昭和二十三年十二月一日より昭和二十四年四月までの犯行である原判示第一の罪について、本件公訴の提起があつたのは昭和二十八年一月二十九日であること記録上明白であるから刑事訴訟法第二百五十条第四号の時効は未だ完成しないものであり、原判決が弁護人の免訴の主張を斥け有罪の言渡をしたのは正当である。所論はなお被告会社に対して言渡された罰金額を根拠として、被告会社には旧税法第四十二条の適用はなく、他面会社たる性質上懲役刑を科し得ざる本件に於て時効は三年を経過するにより完成するものと主張しているが前段説明のとおり公訴時効は法定刑の最も重い刑を基準として定まるものであり、処断刑や宣告刑の如きは公訴時効の算定に何の関渉もないこと明らかである。それ故論旨はいずれも理由がない。

(その他の判決理由は省略する。)

(裁判長判事 近藤隆蔵 判事 吉田作穂 判事 山岸薫一)

控訴趣意

第一点原判決は時効の完成により免訴の言渡をなすべき事実を有罪とした違法がある。

本件記録を査閲すると、昭和二十七年十二月十五日被告会社に対し静岡税務署長より通告処分がなされ、且本件起訴は昭和二十八年一月二十九日提起に係るものであるが、原判決はその理由第一に於て、別紙第一表記載の通り昭和二十三年十二月一日頃より同二十四年四月三十日迄の間前後百八十六回に亙り、同表取引先欄及逋脱場所欄記載の各取引先で、同表取引金額欄記載の如く、営業の取引代金を受領したに拘らず、その都度取引高税法所定の取引高税印紙は取引高税証紙に消印することなく同表取引高税逋脱額欄記載の如く取引高税を逋脱しと判示し、被告会社の右判示期間中の行為は、昭和二十三年七月七日法律第一〇八号取引高税法第十三条第一項、第四十一条第一項第一号、第四十二条第一項に該当するものとして判決末尾添付の第一表中罰金額欄記載の各罰金刑(合計八二五、八二六円)に処していることが明かである。

一、そこで、右取引高税法第四十一条第一項を見ると、左の各号の一に該当する者は、その免れ又は免れようとした取引高税の二十倍に相当する罰金に処する。一、第十三条第一項の規定に違反した者(二、三、四、省略)とあつて取引高税法第十三条第一項違反の罪は罰金刑に該る罪であると言はねばならない。従つて判示第一事実は罰金に該る罪として刑事訴訟法第二五〇条第五号の適用を受け、公訴の時効は三年であることが明かであり、本件公訴は時効完成後の提起に係るものであつて、当然免訴の判決を受くべきものと考える。

尤も右の点については、原判決は、右取引高税法第四十二条第一項を引用しており同条文によれば、前条の罪を犯した者には情状により五年以下の懲役若しくは取引高税の二十倍をこえ四十倍以下に相当する罰金に処し又は懲役及び罰金を併科することができる。とあつて判示事実は五年以下の懲役に該ることにもなつているから、時効期間の適用については刑事訴訟法第二五〇条第四号の五年を以てすべきであると言うかも知れない。然し乍ら、右第四十二条第一項自体に明かである如く、同条は前第四十一条の罪を犯した者に対し之とは別個の条文に於て情状による刑の加重を規定しているに過ぎないものであつて、刑事訴訟法第二五二条の刑法により刑を加重し、又は減軽すべき場合には加重し又は減軽しない刑に従つて第二百五十条の規定を適用する。との規定により、時効期間の算定に当つてはその本条即ち前記第四十一条に規定された法定刑によつて決定さるべきものと考へざるを得ないのである。前記刑事訴訟法第二五二条冒頭の「刑法による」との意義については、本件取引高税法による場合であるから稍々疑いがないでもないが、右「刑法」を形式的な意義に於ける刑法典に限る特別の理由は全く見出されない。従つて、実質的意義に於ける刑法即ち刑罰法規と解して何等差支へなく、時効制度が被告人の利益のために説けられていることからしても右解釈は妥当であると考える。

尚取引高税法所定の罰則については、税法本来の趣旨から考察してその違反は財産刑を以て充分に所期の目的を達せられるのであり、その法定刑は罰金刑を以て基本と為すべきである。斯かる観点から取引高税法(昭和二十三年法律第一〇八号)はその第四十一条に本来の法定刑を規定し、之と別個にその第四十二条に於て右加重の刑を規定したものと理解せらるべきである。近時、各種税法がその違反行為に対する罰則を規定するに当り税法本来の趣旨を超えて懲役刑をその法定刑に加へているのを多数見受けるのであるが、右取引高税も昭和二十四年四月三十日法律第四十三号により改正され、法定刑として罰金又は懲役(五年以下)を規定するに至つている。然し乍ら本件行為は改正前の右取引高税法実施期間中の行為に係るものであつて、前記改正後の法律附則第二十一項により改正前の罰則の適用を受けることになつており、本件について懲役を以て法定刑と為す論は該らないのである。

更に又、原判決の適用法条に従へば、前陳の如く被告会社に対しても前記取引高税法第四十二条第一項を適用しているのであるが、判示逋脱税額欄と罰金額欄とを夫々対照して見ると、各罰金額は当該税額の各二十倍となつており同条に規定する二十倍を超えるものは全く存在しない。又、同条の懲役に関する部分に被告人が法人であるところから之を適用するに由なき筋合であるから、被告会社について右第四十二条第一項は全く適用せられていないことが明かである。この点から考察しても判示事実に対する時効期間の算定に当つては前記改正前の取引高税法第四十一条の法定刑により決定すべきものと謂はねばならない。

二、次に被告会社の判示事実については右取引高税法第四十八条第一項(行為者並に法人の両罰規定)の適用を受けるのであるが、同条によれば、被告会社の判示事実は孰れも罰金刑にあたることが明かである。従つて本件時効期間を論ずるに当つては当然刑事訴訟法第二五〇条第五号に該るものとして三年を以て時効完成するものと考えざるを得ない。(この場合は原判決第二事実も亦刑事訴訟法第二五〇条第五号に該ることとなる。)以上一、二の理由に依り原判決は判示第一事実について公訴の時効完成しているに拘らず之に対して有罪の言渡をした違法があり当然破棄さるべきものと考える。

(その他の控訴趣意は省略する。)

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